エル・カミーノへの巡礼の旅

アメリカに住み始めてホヤホヤの頃、古本屋さんで、
ある本が目に留まりました。

タイトルは、“The Psychic Pathway”(サイキックへの道)
~A Workbook for Reawakening the Voice of Your Soul~
日本語版は、「魂に目覚める旅:12週間未知能力開発」

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「えー、サイキック?私にもなれるかしらー♩」
なーんて思いながら手に取ると、ワークブックだったので、
普通の本の大きさよりも大きめで、長方形じゃなくて正方形で、

ページをめくると、書き込めるようにたくさんの空白があって、
なんとも楽しそうな本だったので、すぐに購入しました。

内容を覚えているかと言うと、もう、ほとんど忘れてしまったし、
今は、本も手元にないし、まじめにワークをしたかといえば…
ほとんどしなかったと思います…(泣)。

でも、とても楽しく本を読んだことは、覚えています。
何よりも、その本を書いたソニア•ショケットさんの印象、

本の中に時々のぞかれる彼女の生活感が、それは、それは、
魅力的でした。

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自分の直感を信頼し、自分の感覚を軸にして、
食べ物も、住む場所も、着るものさえも、彼女は、
自分で好きなようにつくって、好きなように着て、
子育ても、バタバタと忙しい中、とてもクリエイティブに
楽しそうで、自由さが溢れ出ているような印象でした。

「すごいな~、自分の直感に従って生きていくと、
こんな素敵なライフスタイルができるのかな~♩」

なんて、思ったことを覚えています。

その頃の私の生き方と言えば、「既製服」。

若い頃、まだ日本の会社に勤めていた時、
「一家に一台」って言われてたことがあります。

その意味は、
「キミみたいなコが、一家に一台(テレビみたいに)、
いてくれたらいいよねー」

っていう、一応、褒め言葉(のつもり)でした。

「既製服的生き方」が、バーッチリと身に付いていた私でした。

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既製服と言えば、あらかじめ大量生産された既製品。
誰が着ても、たいてい無難に似合って、TPOに合わせて、
取っ替え引っ替え、既製服を着こなしていれば、
どこでも、誰にでも、受け入れられる。

私のその頃の生き方は、まーさーにーそれ。

なるべく受け入れられるように。
なるべく褒められるように。
なるべく評価されるように。

言われたことを、とにかくこなしていく(そうしていれば、安全)。
人が喜ぶような態度を取る(ものすごく自然に、ほとんど無意識に)。
控えめ、謙虚でいる(注:本当の自分を隠している、勘違い謙虚)。
できる限り、NOは言わない(選択肢にない)。
人の話を良く聞く(自分の意見は、あまり言わない。
特に、目上の人や、男性の前では)。
なるべく人のペースに合わせる(人に迷惑をかけてはいけない)。
人の気持ちを尊重する(自分の気持ちは、さておいといて)。
頼まれたことは、なるべく引き受ける(ちょっと無理をしても…)。



…まだまだいっぱいありますけど…。

で、こんな生き方をしていると、本当に、褒められたり、
よろこばれたりするもんだから、それが、本当に正しい生き方のように
思えてくる…。

「それが自分なんだ…」とさえ、思い込んでしまう。

 

ちょっと、危険な状態です。
「そういう生き方は、正しいよ~♩」っていわんばかりに、
周囲から評価されるし、喜ばれちゃうんですから。

“便利なもの”は、喜ばれるし、重宝されます。
既製服と同じに。

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ただ、私の場合、母親がとても変わった人だったので、
実は、私は、ちょっと「既製服的生き方」に、
憧れていたようなところがありました。

私たち3人姉妹は、小学校の6年間、ずーっと、
給食を食べずに、お弁当を持っていってたんですが、
私がカラダが弱かったってことも、ひとつの理由なんですけど、
でも、それよりも、何よりも、母が変わっていた…。

母は、どんな食べ物が、子供たちの給食になっているか、
徹底的に調べ上げるんです。

給食の食材をつくっている工場にまで行って、調査してしまう。
私も一緒に、パン工場に連れて行かれた覚えがあります…。

確かに、40年くらい前のことなので、子供の数がものすごく多く、
どのくらい安いコストで、どのくらい大量生産ができるか…。
そこに一番、価値が置かれていた時代ですから、
学校の給食は、食品添加物満載(苦笑)…だったと思います。

なので、そんなものを自分の子供に食べさせるわけにはいかないと…。
まあ、ここまでだったら、まだ、理解できますよね。

ところが、うちの母は、そこでとまっていないんです。
校長先生に、調査の結果を突きつけながら、
直談判とか行っちゃう。学校の前でビラ配りとかも、しちゃう。

「学校給食はんた~い♩」とか言って…。

すごいですよね。
考えられない。
非常識もいいとこ。

先生たちも、みんな、私の母親のことを
知っている(悪有名)。

お弁当を持っていっているせいで、いじめる子供もいるし、
さらに、いじめる先生だっていました。

ちなみに、私の子供の頃の夢は、
「ふつーのお母さんになること」でした(笑)

なので、小学校の6年間は、忍者になる修行をしたんじゃないかと
思うくらい、とにかく、とにかく、目立たないように、
影を潜めていた…(泣)
給食の時間になれば、嫌でも絶対に目立っていたので…。

なので、
「とにかく、普通でいたい」、
「みんなと同じでいたい」

そんな切実な願いがあったので、既製服的ライフは、
ちょっとした、私の憧れでもあったのです。

なので、私の心の奥底では、
「それ(既製服的ライフ)を、自分でやっている」というのが、
まだ、わかっていました。

まったくの無意識で、「既製服」になってしまっていたわけでは、
ありませんでした。

で、さんざん、既製服をやって、本当にしあわせになれたかというと、
まったくなれなかったので、やめることにしました。
そこからは、癒しへの道、まっしぐらでした(笑)。

アメリカに行った時期は、ちょうど、その頃だったので、
手にしたソニアさんの本から感じた、
「既製服」でもなければ、「白い目で見られる変わり者」でもない、

とっても自然で、自分らしい生き方を楽しむような生き方は、
新鮮で、気持ちのいい~キレイな空気を、
カラダ中に吸い込んであげるような感じがしたのを覚えています。

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その後、ソニアさんは、どんどん有名になっていって、世界中を駆け巡る、
“スピリチュアルリーダー”見たいな感じになっていったと思います。

サンフランシスコは、そういうイベントが多いので、時々、
色んなポスターで彼女の名前や写真を見聞きしました。

「あ、活躍しているな~♩」
「すごいな~♩」

と思いながらも、私も既製服的ライフを一度ぶちこわして、
オーダーメイド、私の特注のライフを、

さらには、自分で自分の服をつくるように、
自分で自分の人生を育てていくことに悪戦苦闘(?)していたので、

彼女のイベントに行ったり、他の本を読む暇もなく、
月日は過ぎで行きました。

いつ頃からか、あまり、彼女の名前を見聞きすることがなくなり、
私もしばらく、忘れていました。

ところが…。

去年、あるコトを耳にしました。
なんと、彼女は、数年前に、エル•カミーノの巡礼に行ったと言うのです。

 

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わあーお!

エル•カミーノと言えば、聖地巡礼路。
何年か前に、シャーリー•マックレーンが巡礼の旅をして、
その旅を綴った本が、とても話題になりました。

やっぱり内容はもう、ほとんど覚えていないのですが、
本を読み終わって、感動が冷めきらない頃は、
「私も行きたい!」という衝動におそわれていました…。

でも、その前に、じゃあ、富士山の一日登山をトライして見ようかな…とか、
思ったきりで、まだ、やっていません…(汗)。

それでも、“エル•カミーノ”という言葉を聞くと、
私の中で、何とも言えないザワメキが起こります。
もしかしたら、いつか、本当に行ってみるかもしれません…。

なので、あのソニアさんが、エル•カミーノに行ったなんて
聞いちゃった日には、ちょっとドキドキしました。

どうして、行くことに決めたんだろう?
どんな体験をしたんだろう?
一体、彼女に、何が起こったんだろう?

エル•カミーノの巡礼路は、フランスのピレネー山脈を経由して、
スペインの北部、カミーノ•デ•サンティアゴへとたどり着く、
800キロの道のりです。

その長い道のり、平たんではない山道、不安定な天気、
加えて大きな荷物をしょって2ヶ月も歩き続けることは、
よっぽどの意志と決心がなければ、できないことです。

そんなソニアさんが去年出した本のタイトルは、

“Walking Home”
-A Pilgrimage from Humbled to Healed-

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私的に意訳すると、
「自分へと帰る道―癒しへの巡礼―」
こんな感じでしょうか…。

本の前書きに、こんな文章がありました。
(これも私の意訳です)

”…これまでに私を助けてくれた、どんなツールも、役には立ちませんでした。羞恥心、挫折感に苛まされ、私はもう、人に教えることも、誰かのために、
カウンセリングをすることもできなくなっていました。

私は、もう一度始めから、本当の思いやりと謙虚さを知るために、
過去に置き去りにしていた苦しみ、痛みに、向き合わざるを得ない状態に
ありました。

巡礼の旅によって私は、それを成し遂げることができました。
800キロ(500マイル)に渡る、フランスのピレネー山脈を通って、
スペイン北部のカミーノ•デ•サンチアゴへたどり着く巡礼路を歩くことによってのみ、私は、自分を犠牲に、否認して来た在り方から、本来の私を取り戻すこと、内側の静けさを取り戻すことが出来たのです。

私の物語は、ここから始まっていきます。”

 

彼女の物語は、お兄さんの死から始まります。
ある朝突然、眠りについたまま、お兄さんのブルースが、
亡くなってしまうのです。

その2日前には、
「バースデープレゼントは、ローリングストーンズの
DVDが欲しい~♩」

なんて言っていたお兄さんなのに、
突然、逝ってしまった…。

その数週間後、最愛の息子を亡くし、悲しみを癒せないまま、
まるで息子を追うように、今度はお父さんが亡くなってしまう…。

6週間という短い間に、突然、大切な家族が、
二人もいなくなってしまった…。

ソニアさんは、それまで35年間に渡って、
スピリチュアル•カウンセラー、メンター、コーチ、師として、
多くの人を癒し、しあわせに導いて来ました。

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著書の数は20冊を超え、どんな逆境にもめげず、
いつも明るくポジティブで、笑顔がとても素敵で、

仕事を愛し、家族を愛し、はたからみても、
すべてを手に入れているように見えたと思うし、
彼女自身もそう思っていました。

ところが、二人の死をきっかけに、深い悲しみと共に、痛み、
怒りが、まるで火山が爆発したように、止まらなくなってしまいます。

あれだけ多くの人々を癒しに導いて来たと言うのに、
どんなツールも、まったく役に立たない。
自分の感情を、コントロールできない。

そんなことは、今までなかった…。
人を導く立場にいたハズなのに…。

さらに、羞恥心と罪悪感が加わります。

ただ寄り添って欲しかった、30年も連れ添った夫は、
そんな彼女の状態に困惑するばかりで、逆に、どんどん離れていく…。
2ヶ月後に、彼は家を出て行きます。

すべてが壊れていくー。
自分が壊れていくー。

ここで彼女ができることはもう、
神さまにお祈りをすることだけでした。

すがるように癒しを求めながら、彼女はお祈りをします。
そして、出て来た答えにソニアさん自身が驚きました。
エル•カミーノへの巡礼の旅だったのです。

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お兄さんのブルースは、ソニアさんのひとつ上で、
小さい頃は、二人はとても仲良しだったそうです。

でも、10歳の頃、お兄さんがドラムを習い始めてからは、
どんどんバンド活動に夢中になり、大人になるにつれて、
彼は、ドラッグ世界にはまりこんでいきます。
そして、彼の心と体を蝕むようになっていきます。

薬物で心身共にボロボロになってしまったブルースを、
家族は一生懸命にサポートします。

ソニアさんは、つねに、「思いやりのある妹」を、
やり続けます。ブルースがどんなひどい態度をとっても、
許すこと、受け入れること…。

それが”スピリチュアルな生き方”だと思っていました。

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人が苦しみに飲み込まれてしまう時、どんどん周りが見えなくなります。
自分の苦しい世界に、はまり込んでしまいます。

時には、その苦しみを周りにぶつけ、周りを傷つけることも多々あります。
でも、ソニアさんは、お兄さんが亡くなるまで、一言も文句も言わず、
「思いやりをもった妹」、「スピリチュアルな生き方」を貫き通しました。

最初に出て来たのは、そんなブルースに対する、
激しい怒りでした。

本当は、ドラッグにおぼれて、家族を苦しめる兄に、
とことん、嫌気がさしていた、疲れていた、もうたくさんと思っていた。

そして、さんざん、家族を振り回したあげく、
勝手にいなくなってしまった。

彼の死をきっかけにして、今まで封印していた痛みが、
怒りが、深い悲しみと共に、火山のように吹き出して来たのです。

そして、お父さんは、そんなブルースをこよなく愛し、
最後まで、いつも心配し、気にかけ、大人になっても、
毎日、様子を見に行っていました。

ソニアさんは、1957年生まれです。その頃の時代は、
アメリカでも、まだまだ、父親というのは、娘の存在を、
娘としてしか見ていない時代です。

「娘としか見ていない」
どういうことでしょうか。

「同じ対等な人間としては、見ていない」
ということです。

先にも書きましたが、ソニアさんは、スピリチュアルなメンターとして、
素晴らしいカウンセラーとしてキラキラと輝き、大成功をおさめていました。

でも、そんな生き方を、彼女のお父さんは、
まったく認めていませんでした。見てもいませんでした。
お父さんの前で、仕事の話をするのは、まったくのタブーでした。

人の意識の奥に潜在する無意識は、知らないでいると、
“恐るべし…”です。

「娘はこうあるべき」という範囲を超えようとすると、
無意識に、それをじゃましようとするおとーさん、

じゃまはしなくても、どうしていいかわからなくなって、
困惑してしまうおとーさん、受け入れられなくなってしまうおとーさん…。

そんなおとーさん、たくさんいます(泣)。
繰り返しますけど、無意識です。

多くのおとーさん、男性には、まだまだ女性に対する、
「無意識の観念」があります。

「女性は、男性の後ろにいるべき存在」
「自分を超えてはならない存在」
だって、「自分よりも、劣っている存在だから」

これ、古~い、でもまだ生きている、社会的な集合無意識です。
またの名を、恐るべし、社会的催眠術…。

なので、それが自分の娘の成功であれ、自分の思い通りに生きない
娘たちに、多くの父親は、無意識の怖れを抱きます。

そんな不条理すべてを封印し、つねに思いやりのある態度で、
「ケアをする人」をやってきたソニアさん。

愛されるために、
評価されるために、
受け入れられるために、
私たちは、全力を尽くすのです。

夫に対しても、つねにケアする側だったソニアさん…。
初めてソニアさんが助けが必要になったとき、
いつもケアされる側だった夫は、困惑し、寄り添えない…。

二人の死の2ヶ月後、夫は出て行き、
ソニアさんは、エル•カミーノへ行くことを決めます。

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すでに行く前から、たくさんのプロセスが、彼女に起こります。
印象的だったのは、彼女が、登山靴を選んでいる時の場面。

その筋専門のお店の人は、彼女がエル•カミーノに行くと聞いて、
ものすごく真剣に、靴を選んでくれます。

ソニアさんが、「これでいいわ」と言っても、
じっくりと靴の中の足の感覚をたずねたり、
10分間、店内を歩いて来るように指示したり、
ものすごく丁寧に、ソニアさんのために、靴を選んでくれるのです。

それがソニアさんにとって、ものすごくい心地が悪いのです。
いつも、自分の用事は、ささっと済ませてしまっていたソニアさん。

他の人が、それだけじっくりと自分をケアしてくれることに、
まったく慣れていないことに、彼女は気づきます。

そんな生き方をしてきたソニアさんにとって、
誰のケアもせず、家を空け、子供も仕事もクライアントも後に残し、
一ヶ月半、ひとりでエル•カミーノへの巡礼をすることは、
言うまでもなく、大きな、大きな、チャレンジでした。

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さて、この先の、彼女のエル•カミーノへの道のりは、
ソニアさんの本を読んでのお楽しみ~♩に、しておきます。
(早く、日本語版が出てくれるといいなー♩)

巡礼の後、ソニアさんは、言いました。
(本が出版された時のインタビューで、言っていました)

「私を一番、苦しめていたもの、それは“否認”でした」

 

これは、とても、とても、大切な一言だと思うのです。
あなたも、自分の胸に手をあてて、耳を澄ませてあげてみて下さい。

認めたくない自分を、どこかに置き去りにしてないかな…?
感じたくない痛みにフタをしていないかな…?

“否認”こそが、拷問のような苦しみを彼女に与えていたこと。
“スピリチュアルな生き方をしている人”でいたかったこと。
”しあわせに生きている”と、思いたかったこと。
つねに、”優しく強い人”でありたかったこと。

実際に、彼女はそうでした。それはうそではありません。
でも、その影に隠された彼女の怒り、ネガティブな感情は、
いつも否定され、否認され、暗闇の中に置き去りにされたまま、
癒されないままでした。

そこに、やむを得なく光があたり、もう、向き合うしか方法がなかった。
もう、否認することは1ミリも出来なくなっていた。

そして、彼女は、一歩、一歩、エル•カミーノへの道のりを
踏みしめるたびに、足の痛み、カラダの痛み、心の痛み、
泥沼のような疲労感、それらすべてを自分で引き取って、
本当の癒しへと、本当の自分へと、向かっていきました。

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私たちの中には、みんな、「こうなりたい自分」という
イメージや、思いがあります。

すばらしいセラピスト…だったり、
ビジネスで大成功をおさめている人…だったり、
スピリチュアルな人…だったり、

異性にモテモテな人、
しあわせな家庭に恵まれている人、

何もかも手に入れている人、
誰からも好かれる人…

人それぞれですが、「こうなりたい」と思うことは、
私たちを前に進ませ、成長させていく、とても大切な要素です。

でも、「こうなりたい」という思いが、
いったい、どこから来ているのか…。
誰に教わったことなのか…。

いつの間にか、
「これが女性としてのしあわせ」とか、「男はこうあるべき」とか、
外側から受け取った既製服のイメージに、染まってしまっていないかどうか…。

いつの間にか、
周りからの評価をえるために、「こうなりたい自分」を、
「こうなるべき自分」と、すりかえてしまっていないか…。

いつの間にか、
自分の痛みを隠すために、「しあわせな自分」を
演じてしまっていないか…

一度、確認してあげるといいと思います。
私なんてもう、ほんと、ひどかったですからー(苦笑)。

既製服の時期、本当に自分はしあわせだと思い込んでいましたから…。
でも、ふたを開けたら、劣等感や無価値感が、どろどろと…(笑)。

ま、みんな、そんなもんです(笑)♩
そうしないと、生きにくかった時代でしたから。

でも、どんな自分を見つけても、
まずはいっぱい、ほめてあげてください♩

「ここまで、よくやってきたね…」って。

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どんな自分を発見しても、「発見して良かった!」と、
たっぷり心の中で抱きしめてあげてください。
誰よりも大切な、大切な、あなたの一部です。

ソニアさんのコトバ、時々、思い出してみて下さい。
「否認は拷問…」です。

自分を丸ごと、愛していきましょう♩

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